ステイヨット

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先週の土曜日は家族みんなでお墓参り。
父が亡くなり、もう31年が経ちました。
妻と子供達はそれぞれ用事があり帰宅したものの、私は実家に残って夜は一人でヨットに泊まることにしました。
今ヨットを係留しているところは、かつて父が仕事のために使っていた小さな漁船を繋いでいた場所。
海を愛した父と語らいながら、静かな夜を過ごしました。
夜中に目を覚まして外に出ると、明るい満月が鏡のような海面に映り、うっとりするほどの美しさ・・・
私自身すでに父が生きた年齢を超えてしまいましたが、今こうして生きていることに幸せを感じ、これからも強く生きていかなければならないと思った瞬間でした。
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この記事へのコメント

ハミングバードV
2020年06月12日 00:38
晴天の夜間にヨットから見る天空は…宇宙船地球号から見える外の景色です。昼間も曇りの夜もカーテンがかかり宇宙の景色を眺めることは出来ません。
ちょっと太目のジイサン
2020年06月12日 07:34
うん、父の思いでは僕も同じ。

1968年頃、ヤマハフィッシャーマン12を買って以来、常に海で遊んでいました。

もう父が亡くなった年に間もなくなります。

ヨットに親しんでいられるのも父のお陰。。

本当は、もっと長くボートに乗りたかったんだろうけど。。。
ほわいとほーく
2020年06月12日 16:15
ハミングバードVさま。
夏の夜に夜空を眺めながら巡航するのが好きでした。
凪の夜は心が落ち着きますね。
ほわいとほーく
2020年06月12日 16:40
ちょっと太目のジイサンさま。
うちは家業が真珠養殖をしていましたので、小さい時から海が遊び場でした。
父には釣りも教えてもらったし、船の操船や整備も習いました。
器用で、なんでも自分で作る人でしたが、驚いたのは小学生の時に家に帰ると、庭の横の路地にモールドから抜いたばかりのでかいハルが置いてあったこと。
「船を造る」と言って数ヶ月後にはディーゼルエンジンも載せて進水させ、亡くなるまでこの船に乗っていました。
この時、子供なからに作業を見ていたこと、手伝ったことが今に活かされている気がします。
mine
2020年06月13日 22:42
父上が亡くなられて31年とのことですが、私がドンゴロス、南風と一緒に阿波踊りレース参加後、帰りの回航で時化予報のために宇和島の西村家の桟橋に泊めさせていただいたのは父上が亡くなられて間もなくの頃ですかね?
最近、時が過ぎていく感覚が薄れてきていますが、その時の回航メンバーはドンゴロスは中尾さん、長谷川、南風はあなたのほかに宮本や高谷、野上らが学生でいたような・・・
西村家で母上の手料理をごちそうになったことはしっかり覚えています。

桟橋の陸側の基礎コンクリートやり直したんですね。本格的な工事だったのでお金かかったと思いますが、これでもうしばらくは安心して泊められますね。おめでとうございます。
ほわいとほーく
2020年06月14日 16:15
mineさん、こんにちは。
阿波踊りに行ったのは29年前でしたかね。
ドンゴロスは南回り、南風は北回りで徳島で合流し、帰りは小豆島、魚島、松山、三机に寄り、台風避難で宇和島でしたね。
長崎から往復で1000マイル近い距離を26ftや27ftのヨットでよく走っていたもんだと感心します。
桟橋は当時から改修しつつなんとかかんとか維持している状態です。
ヨットも桟橋も人間も老朽化が進行しています。
いつまで持ちますかね。(*_*;